Determinazione.

 今も鮮明に思い出すことができる、愛しい者の声音。
 甘く可憐なその音色に、誰もが魅了されていた。『彼女』もその一人だった。
 傍にいたいがために騎士を志願し、並み居る豪腕たちを蹴散らし、『彼女』は騎士団長という地位を手に入れた。
 ゆっくりと巡る季節を、『彼女』は姫君の傍で過ごした。
 愛していると伝えれば、同じ気持ちを返してくれた、愛しい姫君。
 そうして、『彼女』は姫君自身までを、手中に納めたのだ。
「……過去の話は、綺麗に語ればうつくしい物語になる。だが……実際はそうでもない」
 誰もいない空間で、静かに独り言を漏らしたルカが、自嘲気味に笑った。
 必死に生きていた分、貪欲だった。
 夢物語のような幸せな時間だったが、姫君を戻れぬ道へ連れ込んでしまったのも事実だ。
「後悔など、とっくに捨て去ったさ……」
 愛してしまった瞬間から、後悔があった。だが、どうする事も出来なかった。
 自分の想いを、断ち切ることなど出来なかった。
 だから、手に入れた。
「リリー……。君は、後悔していなかったのか?」
 静かに、目を伏せながら。
 ルカは独り言を繰り返す。過去の魂に語りかけるかのように。
 確かめる必要もない、本心。
 過去に、同じような問いかけをした時にも、姫君に軽く頬を叩かれた。
 愛する事は簡単なようで、実際は難しい。相手を思えば思うほど、苦しさも増す。
『後悔するくらいなら、最初から貴女を愛したりなんてしません……!』
 瞳を潤ませながら、必死にそう言い返してきた姫君の姿は、今も記憶に新しい。
 馬鹿な問いかけだったと、思う。
 だが、どうしても確認したくなる時があるのだ。
 今も、昔も――。
「……やっと、会えたな。リリアーナ……君は、私を思い出してくれるかい……?」
 転校生の『リリ』。
 運命的な出会いとも取れるそれも、恐らくは呪いによる引き合わせ。
 その証拠に、今まで何度も転生してきた魂との出会いを繰り返してきたが、一度もルカを振り返った存在はいなかった。
 記憶が呼び起こされる前に、ルカの元を離れルカを忘れたまま、かつての姫君は一生を終える。
 生まれる瞬間と終わる瞬間を感じ取れるルカにとって、これほどまでに悲しい事は無かった。
 心が引き裂かれそうな想い。抱いたままで口にすることすら許されない、現実。
 触れようと手を伸ばせば、必ずと言っていいほど、ルカの指をすり抜けていく魂。
 その度に背中が疼き、低い哂い声が耳元に届いた。まるで、彼女自身を、あざ笑うかのように。
「変えてやるさ、今度こそ。そして……この無限回廊から、抜け出してみせる」
 他人の手が加えられた運命など、ルカには似合わない。
 ルカ自身がそれを知っているからこそ、彼女は諦めないのだ。
 決意を新たにしたルカは、一度きつい視線で空間を睨み付けた後、その場を後にした。
 静まり返った空間に、残されるのはガラスの棺。
 ルカが身を預けていたその棺は、空ではなかった。
 言葉なく全てを感じ取り、流れ行く時間を見つめ続けながら、深い眠りに落ちたままの存在がいる。
 その存在のために、ルカは前を進む。
 目覚め、そして終わりを迎えるために。
 ――物語は、後に紡がれていくのだ。ただ、静かに。ゆっくりと。


Essere continuato...

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