Lontano-via storia.

 時を遡ること、とおい昔。
 国と国とが、争いを続けている時代がありました。

 長い繁栄を保ってきた一つの国。
 戦争とは無縁に見える穏やかな国でも、突然終わりが訪れることもあるのです。

 狂気に満ちた瞳で罪の無い人々を惨殺する兵士たち。
 首をとられる前に、殺してしまえと、誰かが囁く気がするのです。

 終わらない戦い。
 心が磨り減っていく感覚。
 兵士も民衆も皆、疲れて果てているのでした。

「此処も、時間の問題か……」

「……ルークさま」

 崩れかけた城の一角で、頬に一筋の傷を負った女騎士が敵方を見ながらそう言いました。
 彼女の肩口で震えているのは、かつてはこの国の姫君だった少女です。
「すまない、リリー。私の手では、あなた一人を守りきるのが精一杯だった」

「いいえ……いいえ、ルークさま」

 レイピア一本で戦火を潜り抜けてきた勇敢な騎士は、姫君の大切なひとでした。
 名をルークと言う彼女もまた、姫君リリアーナを愛していました。
 ささやかながらも、二人は手を取り合い、幸せだったのです。

「――――!」

「…………!」

 遠くで響き渡る、戦いのこえ。
 その音にリリアーナ姫は身を震わせます。
 ルークはリリアーナ姫の肩を抱きながら、右手に収めたレイピアを強く握りなおしました。
 二人にはもう、誰も味方はいません。
 姫君を守っていた兵士も、ばあやも、王や王妃も皆、リリアーナ姫を残して死んでしまいました。

 残された道は、逃げるか戦うかしかないのです。

「……リリー、こっち」

「はい、ルークさま」

 敵軍兵士の足音が、ルークの耳に届きました。
 ルークは肩を抱いたままの姫君を立ち上がらせ、壁の影に押しやるようにしながら走らせます。

 この国一番の騎士であるルークは、姫を逃がしながらの戦う道を選びました。

 まとわり付くドレスの裾。

「……もうっ」

 リリアーナ姫はそこで足を止め、自分の足に絡みつくドレスを思い切り引き裂きます。

「リリー」

「……ルークさまの足手まといにはなりたくありません」

 驚くルークに対し、リリアーナ姫は優しい微笑みを湛えます。
 か弱いとばかり思っていた姫君は、芯のしっかりした女性だったのです。

「リリー、この先まで走れるかい?」

「はい」

 手を取り合って。
 二人は獣道を走り続けました。昼も夜も、眠らずに。
 闇雲ながらも、確実に国の外れまで走り続けます。
 途中、敵味方の区別も付かなくなったはぐれ兵士との遭遇もありましたが、ルークが剣でやり過ごしました。

「悪く思うな。リリーの為なんだ……」

 もう少し。

 もう少しで国境を越えられる。

 目先に見える期待に、二人は緊張の糸を緩めていました。

「ルーク!!」

 手を伸ばせば届きそうな光。
 ですが二人を待ち受けていたのは、一本の弓矢でした。
 リリアーナ姫が悲鳴を上げ、ルークへと駆け寄ります。

「リリー、走りなさい」

「でも……っ」

「走るんだ!!」

 ルークの背中に、鈍痛が走ります。肩越しに見やれば、突き刺さった矢には呪いのオーラが黒く光っています。
 リリアーナ姫を狙ったものだったのでしょう。眉根を寄せつつ、矢を引き抜きます。
 それでもルークは倒れませんでした。

「どうやら、呪われてしまったようだ。……人の命を奪い続けてきた報いなのだろうな」

 ふ、と笑うルークの口唇の端から、血が零れ落ちました。
 姫君がそれを拭おうとしますが、ルークは制します。

「触れてはいけない。さぁ、リリー、行きなさい」

「ルーク……」

「行きなさい。戦いが終われば、必ず会える。そして私を……探して、リリアーナ」

 突然、強い風が吹き上げました。
 ルークの真紅のマントが翻り、姫君は一瞬瞳を閉じてしまいます。

「ルークさま……!!」

 慌てて瞳を見開き、彼女の姿を追ったリリアーナ姫。
 ですがその場にはもうルークの姿はありませんでした。

 迫り来る敵兵の軍隊。
 その中に一人飛び込んでいったのは、間違いなくルークでした。
 
 姫君はルークの盾により、戦火を逃れたのです。

 そうして、長い戦いは終幕を迎えました。
 美しい国だった大地は荒れ果て、見る影もありません。

 乾いた大地に残されたものは、一本のレイピアでした。
 それはかつて、ルークが愛用していた薔薇色の柄のレイピアでした。
 レイピアが最後に突き刺したものは、己を貫いた一本の黒い矢。
 その矢を砕きながらも、真っ直ぐに大地へと突き刺さっていました。

 ルークの姿を見たものは、誰一人としていません。
 ですが、遺体も見当たりませんでした。

 ――わたしをさがして、リリアーナ。

 リリアーナ姫の耳に残る、ルークの最後の言葉。
 一人きりになった姫君は、砂ほこりが舞い上がる大地に佇み、天を仰ぎます。

「ルーク……貴女を、見つけます。必ず……」

 祈るようにして手を組むと、瞬く間に空には暗雲が広がり、雨が降り出しました。
 それは、恵みの雨でした。

 たった一人。
 リリアーナ姫は途方も無い旅を始めます。ルークに再会する為の、終わりのない旅を。

 幾度も輪廻を繰り返し、薄れていく記憶を繋ぎとめながらも、ずっと。
 二人が出会うまで、終わらない旅なのです。

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