Il secondo e un sogno.

 時折、涙を流しながら目覚める時がある。
 だが、目覚める直前で、夢は跡形もなく消えてしまう。
「………………」
 リリは瞳の端から零れ落ちた涙を拭う事もなく、天井を見上げたままでいた。
「……わたし、何かを……忘れている?」
 そう、独り言を漏らせば。
 一度は止まったかのように思えた涙は再び溢れ、はらはらと零れていく。

 悲しくて、切ない。――そして愛しい。

 この、どうしようもなく苦しい思いを、誰が理解してくれるだろうか。
 自分にすら、解らないというのに。
「ルカちゃん……っ」
 握り締めた上掛けを、そのまま手前へと引き、リリは身を震わせ泣き続ける。
 せめて、夢の内容を思い出せたら。
「こんなに、苦しく……ならないの?」

 答えのない問いかけ。
 それでもリリは、問わずにはいられなかった。
 
 そして。

「――この答えは、君の心の中にある」

 リリの小さな問いに、同じく小さく答えたのは、彼女と同室であるルカだった。


 
 夏休みに入った女学園。
 いつものような賑わいがあるわけでもないが、無人になるわけでもない。
 全寮制で、学園自体が郊外にあるためなのか、学園に残る生徒も少なくはないのだ。
 ルカとリリも、同様だった。
 強い日差しが照りつける中、二人は広い学園内の中庭を散策している。
「ルカちゃん、あそこの木の下、涼しそうよ」
「うん、そうだね。あそこで少し休もうか」
 真っ白なワンピースに、広いつばの帽子を被ったリリが、ルカの手を引きながら、大きな木を指差す。
 ノースリーブのシャツと、黒のパンツを履いたルカはリリに従うようにして歩みをすすめた。
 木陰がそんな二人を包み込む。
「今年はわりと……残った人も、少ないのかな……?」
「うん、そのようだね。部活動や課外授業もあるから、そういう関係で残ってる子ばかりだ」
「薬草学も、夏休み中に特別授業があるんだって」
「ふぅん……特別授業は自由参加だったよね」
「うん」
 他愛のない会話を続ける二人に、柔らかい風が吹き抜けた。
 リリが思わず、帽子に手をやる。
 この女学園では、授業に特別プログラムが組まれている。
 主要五科目の他に、個人の好みで選択できる科目が存在するのだ。
 リリが先ほど言っていた『薬草学』もその中の一つである。
「さて……これから何をして過ごそうかな」
「まだ始まったばかりだもんね」
 吹き抜ける風を追うかのように、ルカは視線を遠くへと投げかける。
 リリも彼女につられるかのようして、空を見上げた。
 鮮やかな夏の空は、どことなく心を締め付ける。
 そうして、僅かな沈黙が訪れた。
「………………」
「………………」
(ルカちゃん、いま……何を考えているの?)
 リリはルカの横顔をちらり、と見ながらそんな事を思う。
 誰もが憧れるこの少女が傍にいてくれるようになったのは、いつの話だったか。近い過去だと言うのに、何故か遠く感じてしまう。
「リリ? 話してごらん」
「……えっ」
「なにか、悩んでいるのではないの?」
「どう、して……わかるの?」
「さて、どうしてかな」
 リリの視線に気が付いたのか、ルカが微笑みながらこちらを向く。
 何も口にはしていないのに、リリが小さく悩んでいたことを、問いかけてきた。
 相変わらず、ルカには敵わない……とリリは思った。
「……あのね、夢を……みるの」
「夢……」
「夢の内容は、憶えてないの。だけど、きっと同じ夢。何度も何度も繰り返し、見ているの。愛しくて、悲しいゆめ……」
「なるほど」
 ゆっくりと、一つひとつ。言葉を紡いでいくリリを、ルカは黙って見つめていた。
 そして短く返事をしてやる。

 ――記憶の扉は、確実に開こうとしていた。

「遠い昔……」
「…………」
 ぽつり、と言葉を繋げるようにして口を開いたルカに、今度はリリが耳を傾ける。
「この世に魔法使いが存在した、と言ったら……リリは信じるかい?」
「ルカちゃんが信じてるなら、私も信じるわ」
「……リリの夢のはなしだけれど。誰かが、君に助けてと呼びかけている現れかも、しれないね……」
 ルカとの会話は、いつもどこか咬み合わない。
 だが、繋がっていないわけではない。
 それを知っているから、リリは彼女の言葉を耳にした後、頭の中で繰り返して記憶に刻み込む。
「夢を見続けることは、つらい?」
 ルカがそう言いながら、リリの頬に手を触れる。柔らかな白い肌に、指先が微かに震えた。
「……辛くないと言ったら、嘘になるわ。目が覚める瞬間に、消えてしまうんだもの」
「そう……じゃあ、少しだけ――」

 ヒントをあげよう。愛しいリリアーナ。

 綺麗な微笑みと共に、ルカが小さく紡いだ言葉。それがリリにきちんと伝わっただろうか。
 あまりにも小さく、鈴の音のような声は、風にかき消されたかもしれない。
 リリの額に触れたルカの口唇。
 スキンシップの一つとして普段から繰り返されてきた行為が、今は少しだけ切なかった。
「リリ……?」
「……ごめん、なさい。急に、涙が……」
 はらはらと。
 そんな音が聞こえるかと思えるような、リリの涙。
 ルカはそんなリリを見つめながら、優しく涙を指で受け止めてやる。
 何かの宝石を思わせる、愛し人の涙は、今も昔も変わらない。

 時の扉は、もうすぐ開こうとしていた。

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